ログイン帝人さんが、もう一度三人へ向き直る。
「では、この会議をそのまま残す必要はあるか」
今度は物流部の課長がすぐに答えた。
「毎週一時間は長いと思っています」
「そこは思っていたのか」
「……はい」
現場担当の若い男性が少しだけ笑った。
「報告資料を読み上げる時間は、正直いらないです」
「なら最初から言え」
三人が黙る。
「帝人さん」
私が横から声をかける。
「社長に『会議いらないです』って言うの、結構勇気いりますよ」
「なぜだ。無駄なら言えばいい」
「その感覚が帝人さんなんです」
「分からない」
やっぱり分からないらしい。
私は三人へ聞いた。
「もし報告の読み上げをなくして、気になることだけ短く話す形ならどうですか?」
「それなら助かります」
「毎週三十分でも十分だ
帝人さんが、もう一度三人へ向き直る。「では、この会議をそのまま残す必要はあるか」 今度は物流部の課長がすぐに答えた。「毎週一時間は長いと思っています」「そこは思っていたのか」「……はい」 現場担当の若い男性が少しだけ笑った。「報告資料を読み上げる時間は、正直いらないです」「なら最初から言え」 三人が黙る。「帝人さん」 私が横から声をかける。「社長に『会議いらないです』って言うの、結構勇気いりますよ」「なぜだ。無駄なら言えばいい」「その感覚が帝人さんなんです」「分からない」 やっぱり分からないらしい。 私は三人へ聞いた。「もし報告の読み上げをなくして、気になることだけ短く話す形ならどうですか?」「それなら助かります」「毎週三十分でも十分だと思います」「参加者も全員でなくていいかもしれません」 次々に意見が出る。 帝人さんがそれを整理していく。「定例報告は事前共有。会議では読み上げ禁止。議題は『正式報告にはなっていないが気になること』を優先する」「それなら意味がありそうですね」「ああ」「じゃあ、この会議は残します?」「今の形では残さない」 そこは変わらない。「三十分に短縮する。参加者も減らす。ただし、現場から最低一人ずつ入れろ。管理職だけ集めても意味がない」 物流部の課長が頷いた。「承知しました」「一か月試せ。必要な情報が拾えているか確認して、その後また見直す」「分かりました」 三人が退出する。 扉が閉まったあと、私は帝人さんを見る。「どうでした?」「会議自体はやはり無駄が多い」「そこは譲らないんですね」「
午後三時。 帝人さんの執務室に、三人が集まった。 物流部の課長。 現場担当の若手社員。 店舗運営部の主任。 全員、なぜ呼ばれたのか分からない顔をしている。「座れ」 帝人さんが言うと、三人が少し緊張した様子で席についた。 私はその横で資料を開く。「今日聞きたいのは、物流部と店舗運営部で毎週やっている情報共有会についてだ」 帝人さんがいきなり本題へ入った。「廃止を検討している」 三人の表情が固まった。「ただし、決定ではない」 帝人さんは続ける。「会議自体に価値があるのか。それとも、そこでしか拾えていない情報に価値があるのかを確認したい」 物流部の課長が慎重に口を開いた。「確かに、報告だけで終わる週もあります」「なら、なくなって困ることは何だ」 単純な質問だった。 でも三人はすぐに答えなかった。「何もないならそれでいい。無理に残す理由を作るな」「……一つ、あります」 口を開いたのは、現場担当の若い男性だった。「正式に報告するほどではないことを聞けなくなるのは、少し困ります」 帝人さんが私を見る。 私は何も言わなかった。「具体的に」「先月、店舗側から『夕方だけ配送が遅れることがある』って話が出たんです」 議事録にあったものだ。「最初は一店舗だけだったので、交通状況かなと思ってました。でも別の店舗からも同じ話が出て。それで調べたら、夕方の積み込み順が変更されていたんです」「問題になっていたのか」「その時点では遅延と呼ぶほどではありませんでした。十分とか十五分くらいで」 店舗運営部の主任が引き取る。「ただ、そのまま荷物量が増える時期に入ったら、もっと遅れていた可能性があります。共有会で話が出たので、その前に修
「何を確認する」 帝人さんが、私の指している資料を見る。「会議で何を決めているかじゃなくて、何のために集まっているのかです」「議事録に書いてある。各拠点の状況共有だ」「それだけかなって」「どういう意味だ」 自分でも、まだ上手く説明できなかった。 私は過去数回分の議事録を開く。 配送遅延。 店舗ごとの在庫状況。 設備故障。 人員の応援。 大きな問題は少ない。 重要な決定もほとんどない。 だから帝人さんが「資料だけで足りる」と判断したのも分かる。 でも。「ここです」 私は短い記述を指した。『最近、この時間帯だけ荷物が遅れることがある』 その下。『まだ問い合わせになるほどではないが、同じ商品の返品が少し増えている』 さらに別の回には、『新人が同じ場所で迷うことが多い』 とある。「これがどうした」「これって、たぶん資料を送るだけになったら書かれない気がします」「必要な情報なら書かせればいい」「何が必要なのか、話して初めて気づくこともありません?」 帝人さんが黙った。 私は考えながら続ける。「たとえば『最近ちょっと遅れることがある』くらいなら、正式な報告書を書くほどじゃないと思って黙る人もいると思うんです。でも会議で別の人が似た話をしたら、『うちもです』ってなるかもしれない」「複数拠点で起きていれば、そこで初めて共通の原因に気づく可能性がある、と」「はい。返品も同じです。一件ずつなら小さいけど、話してみたら同じ商品で増えていたとか」 帝人さんがもう一度議事録を見る。「新人が迷う、というのもか」「一人なら慣れてないだけで終わる。でも何人も同じところで迷うなら、案内や動線に問題があるのかもしれません」「&he
その日の午前中、帝人さんの執務室には、各部署から提出された定例会議の一覧が並んでいた。 週次。 隔週。 月次。 部内だけで終わるものもあれば、複数部署から十人以上が集まるものもある。 資料を見ただけでも、かなりの数だった。「多いですね」「多すぎる」 帝人さんは一覧を眺めながら、容赦なく印をつけていく。「これと、これ。それからこれも廃止だ」「ちょっと待ってください」「何だ」「今、三つ連続で消しましたよね?」「ああ」「ちゃんと中身見ました?」「見たから消した」 帝人さんは一つ目の会議を指した。「毎週月曜、九十分。参加者十二人。直近三か月で議題の六割が前週の進捗確認だ。進捗だけなら共有資料で足りる」 次の資料へ指を移す。「これは月二回、一時間。議事録を見る限り、各部署が順番に報告して終わっている。質問もほとんどない。全員を集める意味がない」 さらに次。「こっちは毎週やる必要がない。月一回で十分だ」 理由はある。 しかも、かなり正しい。「帝人さん、今日これを全部整理するつもりですか?」「そのために出させた」「どれくらい減らす予定です?」「半分」「半分!?」 思った以上だった。「年間の会議時間を計算した。役職者だけでも相当な時間を使っている。その中には、集まる必要のない会議が多すぎる」「それはそうかもしれませんけど」「十二人が一時間集まれば、会社として十二時間を使っている」「一人一時間ですけどね」「その一時間を十二人分使っているんだから同じだ。移動や事前準備まで入れれば、実際の損失はさらに大きい」 帝人さんは手元の一覧を軽く叩いた。「意思決定もしない。意見交換もしない。資料に書いてある数字を順番に読み上
翌日の夕方。 帝人さんと二人で資料を確認していた。 昨日までなら、それだけで妙に落ち着かなくなっていた。 今日は少し慣れた。 たぶん。「小春、ここ」「はい」 帝人さんが資料をこちらへ向ける。 近い。 でも今日は言わない。 大丈夫。 普通。「……」「小春」「はい」「また止まっている」「止まってません」「三秒くらい止まった」「細かいです」「数字を見ている時に止まるなら、何か引っかかったのかと思うだろう」 仕事の話なら本当に鋭い。 私は資料へ視線を戻した。「ここは問題ないです。ただ、来月の人員配置だけもう一回確認した方がいいと思います」「理由は」「繁忙期と重なります。人数だけ足りていても、経験者が偏ると現場が回らないかもしれません」「分かった。担当に出させる」 話は終わった。 帝人さんは資料を閉じる。 私は立ち上がろうとして、ふと止まった。「帝人さん」「何だ」 聞くなら今しかない気がした。「一つ聞いてもいいですか?」「ああ」「……帝人さんは平気なんですか?」「何がだ」 やっぱりそうなる。「その……私と近い時とか」 帝人さんがこちらを見る。「近い時?」「昨日から私が距離を気にしてるじゃないですか」「ああ」「帝人さんは何とも思わないんですか?」 聞いてから後悔した。 何を質問しているんだろう。「忘れてください」「なぜだ」「変なこと聞きました」
意識しない。 今日はそれを目標にしようと思った。 朝、出社して。 いつも通り帝人さんの予定を確認して。 いつも通り資料を整理して。 いつも通り仕事をする。 昨日まで普通にできていたことなのだから、できないはずがない。「小春」「はい」「十時の会議、資料が一部差し替わった」「もう届いてます。確認済みです」「早いな」「仕事なので」 大丈夫。 普通。 何も問題ない。 そう思ったのは、エレベーターへ乗るまでだった。「……」「小春」「はい」「なぜ端にいる」 私は壁際に立っていた。 帝人さんは反対側。 間には、大人二人くらい入りそうな空間がある。「空いてるので」「いつもそこじゃないだろう」「今日はここがいいんです」「また距離の話か」「違います」「昨日から明らかに違う」 帝人さんがこちらを見る。「やはり体調が悪いんじゃないのか」「元気です」「なら何だ」「なんでもありません」「それは昨日も聞いた」「今日も同じです」 扉が開いた。 私は逃げるように先へ出た。 後ろから帝人さんもついてくる。「小春」「会議始まりますよ」「分かっている」「では行きましょう」 どうして私は逃げているんだろう。 帝人さんは何もしていない。 本当に何も。 昨日だって、近いと言ったらすぐに離れてくれた。 なのに。 私の方だけがおかしい。 ◇◇◇◇ 午後。 今度は社用車だった。